声優の第一人者として、生涯にわたって活躍された、大平透さん
その逝去を悼み、生前の協同組合 日本俳優連合 外画・動画部会の機関紙「VOICE」への寄稿文と、第1回声優アワード・功労賞受賞時のインタビューとご登壇された動画を掲載させていただきます。

大平透さんを「偲ぶ献花式」が開催されることになりました。
献花式には一般の方の参式もできます。
日時:平成28年6/20(月)17:30~18:30
場所:パレスホテル東京 葵の間
会費:無料

 

「そうです、スーパーマンはラッキーマン」

大平 透

大平透さん

1929年(昭和4年)、東京府荏原郡蒲田で、独立心と正義感の固まりのような国鉄マンの父と、江戸っ子気質のモダンな母との間に産まれ、生後9ヶ月で姉と共にジャワ島へ渡り、姉の学齢期に日本人学校がなかったために帰国した私は数えの5才。戦死した叔父貴の話では、まったく日本語が通ぜず、駄菓子屋でおおいに困ったということであった。日本語会話が不自由ないわば帰国子女が、将来日本語でショーバイするとは誰が想像し得ただろうか?

日中戦争から太平洋戦争へと泥沼にはまりこんで行く中で、京浜工業地帯に防火帯を造るため強制立ち退き命令、懐かしい町工場の吾家は取り壊され、父の故郷四国は香川県観音寺へ一家は疎開した。家の中では東京弁、一歩外に出ると四国弁へ(関西弁に近い)を器用に使い廻して生活した。今は殆ど忘れたが、マレー語、標準語、関西弁と3カ国語?を幼時より使い分ける名手であった。

手先が器用で中学時代美術は優の上をゆく秀(しゅう)をもらっていて、終戦直後中4で東京美術専門学校(現芸大)洋画科を受験、見事不合格!?
人生最大の悲哀を味わったが、今考えるとその事が今日の「声優」へのプロセスとなっていたのだろう。

その年焼け跡だらけの東京へ一家で帰り、露天商や闇屋の手先みたいなバイトをしながら、明治大学予科へ入学、念願の野球部へも入部した。ロクな食料もないのに過酷な野球部の練習、そしていくつものバイトについに結核を患い休学3年……。ソロソロ復学という矢先に、ラジオの宗教放送が専属アナウンサーを募集しているのを父が聞きつけ、ぜひ受けろと云う。そこでまったくのど素人が嫌々受けてオーディション。ナントこれが400人中たった1人合格というラッキー。それまで観光映画やトレッキングのモデルみたいなことをやってはいたが、これが本格的な放送デビューとなった。

週1回の30分番組出演 ― ベテラン劇団員に囲まれて、リップノイズ続出でNGだらけ。今でも冷や汗を感じる。その後フリーとなり、これもラッキーなことに、ニッポン放送開局時には準社員のような形で社会番組週2本の制作プロデューサー兼アナウンサーをやった。

しかし時代はラジオからテレビへと移行、たまたまラジオ東京がテレビ開局のため、テレビ対応の専属劇団員を募集したので、これまたラッキーにも合格、テレビタレントとしてスタートを切った。月給税込み5千円也。同年のアナウンサーは1万数千円であった。

度重なるラッキーの極めつけは、すぐやってきた。日本で最初の外画アニメの吹き替え。それが「スーパーマン」であった。バタ臭いとか日本人離れした声とか云われた私の低音(ディープヴォイス)が、スーパーマンにピッタリということで、TBS社内の伝票1枚で配役されたのだが、翌年から始まったTVシリーズのスーパーマンを引き続き吹き替えることになった。当時は白黒TV、勿論生放送だったが、KR劇団の同僚の中には、他人の声を吹き替えて主役を取るくらいなら、ドラマの通行人、その他大勢のほうがマシだと、時代錯誤の発言をするヤツもいた。50年も昔のこと。

そんなスーパーマンがTBSトップの視聴率を稼ぎ、駅前の街頭TVが黒山の人だかりを築いた。給料はヤット8千円だったが、新聞も雑誌等も、競って私の写真を掲載し、取材があったので「大平透」の名前は一躍有名になった。だが一方、それまでホームドラマやミュージカル、時代劇等の仕事が多かったのに、画面に顔が出ると「アッ スーパーマン」と云われ、だんだん大平透=声優という風に、世間様から決定づけられるようになっていった。

スーパーマン役のジョージ・リーヴスの自殺によって私の中からはスーパーマンブームは消えつつあったそんな時に、スーパーマン全シリーズを光学録音(オプチカル)にする話があったが、30才台の私は、このままスーパーマンで終わりたくない、将来の可能性に賭けたいとこの話を断り訣別した。その後小林清志君が私に代わって録音したが、それでも大平透=スーパーマンのイメージは消えず、未だに人の口に上っている。

そう、数限りなく度重なるラッキーによって、この55年間をヒット・ヒットで過ごしてこられたことに吾ながら驚きを感じる。喜寿を過ぎた今日も現役として、また後進の育成に日々を過ごさせていただいているが、ラッキーの上にラッキーを重ねたのは、第1回声優アワード功労賞の受賞であった。

声優はマイナーというイメージが今日まで50年間も続いてきた。声優であることに誇りを持とう!!
科学の進歩によって将来どんな社会が来ようとも、機械(マシーン)で人間の心は伝えられない。だからこそ、言葉とは単なるストーリー、意味の表現ではなく、意思ココロ感性を表現する生身の人間の言葉でなくてはならぬと、肝に銘じたい!

それが真の「声優」だと私は信じている。
大平透さん

日本俳優連合 外画・動画部会機関誌『VOICE』Vol.34(2007年夏発行)より転載

 

 

KADOKAWA VOICE Newtypeに掲載された第1回声優アワード功労賞受賞インタビュー

─── 受賞した感想をお願いします。

声優アワード第1回の功労賞を頂いた事はただただラッキーとしか言えません。
放送芸能55年喜寿(77歳)の祝、そして吹替50年の大きなイベントの全てを体験し、その挙句の表彰です!!この道ひとすじ、長生きはするものですね。

─── 様々なジャンル(アニメ・ラジオ・CD・ゲームなど)の活動の中で、印象深い作品や役などを教えてください。加えて、理由もお願いします。

芸暦55年の中で沢山あり過ぎてとても書き出せない。
スーパーマン(TVシリーズ)、スター・ウォーズのダース・ベイダー、ハクション大魔王の大魔王、おらぁグズラだどのグズラ、ラジオはルーテル・アワー、ディズニー映画のナイトメアー・ビフォア・クリスマスのメイヤー等。

─── 「声優アワード」功労賞を目指している次世代声優に向けてのメッセージをお願い致します。

日々ベストをつくし、健康に長生き!
常に次代の人々への礎となる行動を続けることです。他人様が認めてください事ですから、己れとの戦いでもあります。

─── ファンの方へ、メッセージをお願いします。

大平透さん自分だけが成功し、自分だけがいい思いをしていては世間様に申し訳ない!
私の放送芸能生活は決してフラットではなかった。谷あり山あり、悲喜こもごも……。その中で、今日も77歳を過ぎて尚、現役でいられる事に感謝し、少しでも世の中に恩返しをしたい。
そんな気持ちから始まった「大平透声優ゼミナール」も大阪をスタートに、三十数年過ぎている。自分の体験を通じて、声優として成功するノウハウを全て提供し、皆に喜んでほしいからだ。それは実践声優術とも言える。
埋もれた才能を君と私で見つけ出し、磨き光り輝く宝石にしたい!私の願いはそれだけ。真の教育とは報いを望まない崇高な事業だ。

ファンの力によって、この世界は支えられ、またファンの中から新たなスターが生まれる。

声優のアカデミー賞として認められることを願って、声優アワードが発足した。声優アワードは、君を、貴方を待っている。

KADOKAWA VOICE Newtypeより転載

第1回声優アワード・2007年3月3日授賞式での功労賞受賞コメント動画

 

大平 透(おおひら とおる)
9月24日生まれ、東京都大田区出身。
2007年3月「第1回声優アワード」功労賞受賞。
2016年4月12日永眠(86歳)。
外画吹替え 『スーパーマン』(スーパーマン)、『スパイ大作戦』(指令テープの声)、 『サンセット77』(ギルモア警部)、 『スター・ウォーズ』(ダース・ベイダー)、『ネバーエンディング・ストーリー』(ロックイーター)、『おかしなカップル』(オスカー)、 『パットン大戦車軍団』(パットン将軍)、 ジョージ・C・スコット、テリー・サバラス ほか多数。
外画アニメ 『ナイトメア・ビフォー・クリスマス』(町長)、『モンスターズ・インク』(社長)、 『ファンタジア』(グーフィー)、 『ムーラン』(ご先祖様)、 『恐妻天国(フリントストーン)』(フレッド)、 『ザ・シンプソンズ』(ホーマー) ほか多数。
アニメ 『笑ゥせえるすまん』(喪黒福造)、『いなかっぺ大将』(道場主:神埼玉弥五郎)、『おらぁグズラだど』(グズラ)、『ハクション大魔王』(ハクション大魔王)、『科学忍者隊ガッチャマン』(南部博士)、『とんでも戦士ムテキング』(タコキチ) 、『ダッシュ勝平』(誠一郎)、『OKAWARI-BOY- スターザンS』(ダース・ベーロー)、『未来警察ウラシマン』(権藤警部)、『おそ松くん』(デカパン)、『おれは直角』(城代)、『カバトット』(カバ)、『かいけつタマゴン』(タマゴン)、『ポールのミラクル大作戦』(ベルトサタン)、『一発貫太君』(野球十兵衛) ほか多数。
特撮 『マグマ大使』(ゴア)、『スペクトルマン』(怪獣Gメンのキャップ)、 『超力戦隊オーレンジャー』(皇帝バッカスフンド)、 以下ナレーション担当作品『ジャッカー電撃隊』、 『スパイダーマン』、 『バトルフィーバーJ』、 『電子戦隊デンジマン』、 『太陽戦隊サンバルカン』、 『大戦隊ゴーグルファイブ』、 『科学戦隊ダイナマン』、 『宇宙刑事シャイダー』、 『巨獣特捜ジャスピオン』、 『時空戦士スピルバン』、 『世界忍者戦ジライヤ』、 『機動刑事ジバン』、 『恐竜戦隊ジュウレンジャー』 ほか多数。
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