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『ふきカエ制作者は時間遡行の夢を見るか?』

ということで今回は先日観たとんでもない映画に絡めて、当節のふきカエ制作事情をあれこれと。本作は字幕版のみでの公開なので当コラムのテーマからは微妙に外れてしまうのですが、今回ばかりはご容赦ください。本当は現在配信中の、あの人気アニメを実写化した話題作を取り上げる予定だったのですが、ムーランの前にノーラン。そう、観てきたのですよ『テネット』を。

『TENET テネット』
吉田Pのオススメふきカエル監督:クリストファー・ノーラン
出演:ジョン・デイヴィッド・ワシントン ロバート・パティンソン
9/18より全国ロードショー公開中
配給:ワーナー ブラザース ジャパン
→ 公式サイト
©2020 Warner Bros Entertainment Inc. All Rights Reserved

CIA工作員である主人公はある作戦をきっかけに謎の組織にスカウトされる。その組織の目的は、未来からもたらされた“時間を遡るテクノロジー”を利用して世界の破滅を企む武器商人セイターを阻止することだった。主人公は協力者のニールと共に、セイターの妻キャットに接触。人類滅亡を防ぐため、時の流れを超えた戦いが始まる…
  

以下、映画のネタバレはありません。と言うか、ネタバレできるほど理解できてません。同じノーラン監督の『インセプション』や『インターステラー』でも鑑賞中ずっと頭上に「?」マークが出っぱなしだったので覚悟はしてましたが、まさかここまでわからないとは。マジで頭から煙が出ます。じゃあつまらなくて寝ちゃったのかというと、これがメチャクチャに面白い。何言ってんだかわからないと思いますが、まあとにかく観てください。こんな体験、滅多にできませんから。

これ、考えたノーラン監督もすごいけど、映像にしちゃったスタッフもすごいと思うんですよ。たとえ思いついたとしても「…んなアホな」で諦めちゃうようなお話を、とにかく力業で映画にしちゃったんですから。台本を読んだスタッフの第一声は絶対「マジすか?!」だったはず。実際、主人公を演じたジョン・デイヴィッド・ワシントンは公開時のインタビューで「実を言うと今でもよくわかってない」とテヘペロしてます。正直でよろしい。

そんな作品を曲がりなりにも面白く見終えることができたのは、字幕翻訳のアンゼたかし氏のおかげでしょう。あの難解な理屈を丹念に読み解き、スッと読める字幕にされた手腕はさすがです。それと同時に、観終わった自分の脳内には映画の内容以上に厄介な難問が浮かんできました。「これ吹替え版どーすんだ???」

先に申し上げておきますとこの作品、おそらく吹替え版は既に作られているはずです。私がこの業界に入ったン十年前、映像コンテンツは「①劇場公開→②ビデオ発売→③テレビ放映」という順にリリースされていました。吹替え版が作られるのはこの②か③のタイミングで、つまりすでに劇場で公開された後。以前にも当コラムで取り上げた『遊星からの物体X』や『ストリート・オブ・ファイヤー』のように、イチ観客として映画館で「うわーおもしれー!」と夢中になった作品の吹替え依頼が来た日には「これは夢なんじゃないか」と思ったものです。

しかし今や映画の流通経路はすっかり様変わりしました。映像作品は劇場から配信まであらゆるメディアでの展開を想定して制作され、“全世界同時公開!”も当たり前。加えて配信用に作られるオリジナル作品も増えました。それに伴い吹替え版の制作時期もどんどん前倒しとなり、特にハリウッドメジャーの作品では“劇場公開前に吹替え作業は終了”が当たり前となったのです。

もちろん話題の新作をいち早く吹替え版でご覧いただけるのは作る側としては嬉しいことなのですが、一方で映画ファンとしては複雑な心境なのが正直なところ。作業用に送られてくる映像は完成前なのに加えて、海賊版防止のためのモノクロ仕様。それをパソコンの小さいモニターで観るのがその作品との出会いになるわけです。たとえそれが『スター・ウォーズ』でも『アベンジャーズ』でも、IMAXレーザーGTの大画面で上映される『TENET テネット』でも。かつては“日本語版制作に先立ち『ロード・オブ・ザ・リング』の完成本編をイマジカで試写”なんてこともあったんですけどねえ。平成は遠くなりにけり。

まあそれは「仕事だから」と言ってしまえばそれまでなんですが、もう一つ問題が。我々のような吹替え版制作者を含め映画のローカライズという仕事は、作り手と観客の中間で橋渡しをすることです。作り手の意図を正しく読み取り、それを最適な形で観客に届ける。それが本作のような複雑無比な作品だと、その“正しく読み取る”作業がまず大変なわけですよ。いざ公開されれば様々な論評がネットに溢れるところですが、まだ公開前の段階で関係者には厳重な緘口令が敷かれています。となると頼りになるのは自らの理解力のみ。小さいPCモニターのモノクロ映像をそれこそ穴のあくほど何度も繰り返し見て呻吟することになるのです(書いてて冷や汗が出てきました)。
なので、(既に作られているであろう)本作の吹替え版を制作された関係者の皆様には、同業者として心からの敬意を表するものであります。万が一(まあ多分ないですけど)自分がやれと言われたとしたら…パソコンの前で頭を抱えている己の姿がありありと見えますから。

とは言えそうした苦労の末に生み出された吹替え版が、この難解にして壮大な一流のエンタテイメントを楽しめる一助となるのであれば、ふきカエ制作者としてこんなに嬉しいことはありません。いずれ本作が配信やBDでリリースされたときには、ぜひ吹替え版で観てね、っと(←これが言いたかった)
  

インターステラー [Blu-ray]
吉田Pのオススメふきカエル
『TENET テネット』鑑賞前に同じ監督の旧作で肩慣らしを。まあ難易度としてはこれの10倍ぐらい、と思っておけば大丈夫です(大丈夫じゃない)